第9回 明の創始者・朱元璋を世界の英雄と徹底比較!! 文:中国エトセトラ編集部

貧しい農民から身を起こし、一代で明王朝を樹立した英雄・朱元璋(しゅげんしょう)。そんな彼の生涯を描いた「大明帝国 朱元璋 DVD−BOX I(5枚組)」(DVD−BOX IIは5/6、BOX IIIは6/3発売予定)が、中華歴史ドラマ列伝シリーズの最新作として発売されました。
作中では「レッドクリフ」の趙雲役で知られる胡軍(フー・ジュン)が朱元璋を魅力たっぷりに演じているのも魅力のひとつ。 で、朱元璋ですが、日本ではまだまだ認知度が低いものの、当然、中国本国では超メジャーな英雄です。また、貧困の中から生まれ、皇帝にまで上り詰めた成功者として世界的にも有名な人物です。では実際、彼はどういった足跡を辿り中国統一を成し遂げたのでしょうか? 今回は、彼同様に覇業を成し得た歴史上の人物たちも併せて紹介するとともに、それぞれの類似点や朱元璋の勝っているポイントなどを探っていきましょう。


元王朝末期。貧農の家に生まれた朱元璋は、相次ぐ飢饉や疫病により家族を次々と失っていきます。一時、皇覚寺という寺に身を寄せ僧となるものの、食べることにすら困窮する日々は変わらず。その後、数年に渡る諸国遍歴を経て反乱組織・紅巾軍に加わった彼は、指導者である郭子興(かくしこう)のもとでメキメキと頭角を現していきます。郭子興の死後、その息子である郭天叙(かくてんじょ)との後継者争いに勝利すると、応天府(現在の南京)を拠点に、当時最も肥沃な土地と言われていた江南地方の統一に向け乗り出します。
“貧民の味方”というイメージを打ち出した彼は、瞬く間に多くの民衆から支持を得るようになり、湖北・江西を支配し大漢国を打ち立てた陳友諒(ちんゆうりょう)や、江東に強大な勢力を誇った張士誠(ちょうしせい)らを次々と打ち破っていきます。そして江南を支配下に置いた1368年、明王朝を樹立し洪武帝(こうぶてい)と名乗るようになります。続いて、すっかり国力の衰えた元王朝を戦わずしてモンゴルへと撤退させることにも成功し、ついに中国の統一を果たしたのです。しかし成功後は疑心暗鬼に陥り、功臣、官僚らを次々と粛清してしまいます。天使と悪魔、その2面性をもった世紀の巨人とも言える人物です。

安土桃山時代。百姓の子として生まれた木下藤吉郎(後の秀吉)は、諸国放浪の後、織田信長に仕えるようになります。そこで頭角を現し、織田軍の中核を成すほど出世。1582年に本能寺の変で信長が急死してしまいますが、その後“信長の後継者”という地位を手に入れることに成功し、敵対勢力を駆逐しながら1590年、ついに天下を統一しました。

貧農の家に生まれながらも身を起こし、主人に気に入られて出世していく人生の歩み方。また、身内を大切に思うあまり、有能な家臣を次々と粛清して政治に混迷をもたらしてしまった晩年の過ごし方も似ています。

秀吉同様、統一を果たすわけですが、中国の国土は日本の約25倍もの。また、主に仕え始めてから天下統一までにかかった期間も、秀吉が36年かかったのに対し、朱元璋は20年で成し遂げています。スゴイ!

11世紀後半。モンゴル高原・北東部を支配する有力部族の家系に生まれたテムジン(後のチンギス・ハン)は、部族間の抗争により捕えられ、長らく捕虜としての生活を強いられました。辛うじて脱出に成功した彼は、かつての臣下や他の部族と同盟を結んで高原の統一に乗り出します。苦労の末1206年に統一を成し遂げると、その地にモンゴル帝国を建国。より広大な領土を求め、その後も遠征を繰り広げていきました。

かつての仲間と殺し合いを演じなければならなかった悲劇性。朱元璋は恩人の息子・郭天叙と、チンギス・ハンは立ち上げ時から共に戦ってきた友人・ジャムカと、それぞれ骨肉の争いを繰り広げました。

モンゴル帝国は、チンギス・ハン存命の折から絶えず反乱が起こっていた。しかし明は大きな内乱もなく、朱元璋の独裁政治ではあったものの統治は国中に行き届いていました。彼の影響力、政治的手腕の強大さを物語っていますね。

フランスが周辺を敵国に囲まれ危機的状態にあった18世紀後半、ナポレオンはコルシカ島の地主の家に生まれます。士官学校を卒業した彼は陸軍に入隊し、イギリス・スペイン艦隊の撃破や敵対同盟の中心国・オーストリアを降伏に追い込むなど、目まぐるしい活躍を見せます。やがて民衆から圧倒的な支持を得た彼は新政府の樹立に成功。1804年には皇帝に即位し、帝政を布いてフランスに絶頂期をもたらしました。

両者とも皇帝に即位し、権力を自分ひとりに集中させる独裁政権を布きました。一代で不安定な情勢にあった国家をまとめ上げ、周辺諸国にも強硬な態度で臨むにはやむをえない政策だったといえるでしょう。

王朝の存続期間。明王朝が276年間、朱元璋の後も17代に渡って栄えたのに対し、フランス第一帝政はナポレオンの敗戦を機に、わずか10年で崩壊してしまいました。国家としての完成度の高さが伺えます。

紀元前4世紀。ギリシア北方のマケドニア王国の王子としてアレクサンドロス3世は生まれます。哲学者アリストテレスに師事し文武に秀でた彼は、紀元前338年に起こったギリシア軍との戦争で初陣を果たし、見事勝利を収めました。この後、諸国をまとめ上げギリシア連合を結成しその盟主の座に就きます。そしてエジプトから中央アジアに至るまでの広大な地域を支配下に置いていき、強大な帝国を築き上げました。

アレクサンドロスはエジプト遠征時、圧政を布くペルシア軍を倒したことで現地民から“支配からの解放者”と呼ばれ歓迎されました。朱元璋もまた“貧しい者の味方”として民衆に英雄視される存在でした。

マケドニアの王子として生まれ、連合軍の盟主という地位も父王より譲り受けたアレクサンドロスに対し、朱元璋は何も無い状態から自身の力だけで頂点に登りつめました。ゼロからのスタート。彼のサクセス・ストーリーに尊敬の念を抱く人が多いのもうなずけます。



今回ご紹介した5人の英雄は、生まれた時代や国、統治した領土の規模もバラバラですが、その足跡を辿るとそれぞれ似通った点がいくつも見えてきます。それでも朱元璋が類まれなる歴史的な人物をいうことがおわかりいただけたのではないでしょうか。言葉にすれば“稀代の成功者”ということになりますが、その過程には紆余曲折、様々な人生の苦悩が隠されています。全46話の「大明帝国 朱元璋」で彼の人生をじっくりと辿ることで、学び、考えさせられることも多いはず。ぜひ、鑑賞してみてください!


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「-大明帝国- 朱元璋」
「-大明帝国- 朱元璋」

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